日本大学理工学部科学技術史料センター
谷 一郎

谷 一郎


人物年譜
 

谷 一郎 文庫

 「谷一郎文庫」を創設するにあたり、谷先生の業績等についてご紹介する。谷一郎先生は、戦前から戦後にかけて約60年間、日本の流体力学、とくに航空学に関係した流体力学で指導的な役割を果たされた。谷先生が大学を卒業した時期(1930(昭和5)年)は、世界的には大恐慌が起き、経済は混迷を深めていた。谷先生の最初の論文(卒業論文;独文)は、複葉翼の地面効果を扱った理論計算であったと聞いている。1904(明治37)年にプラントルが境界層理論を提唱し、粘性流体の運動を厳密に取り扱えるようになった。谷先生は、“History of Boundary-Layer Theory”(Ann. Review of Fluid Mech. 1977)で、この理論がゆっくりと世界的に認められるようになった経緯について解説している。谷先生は、プラントルに私淑し、「私の流体力学の先生は、プラントルである」としばしばおっしゃっていた。後年、プラントルの名を冠したドイツ航空宇宙学会の賞(プラントルリング、1987)を授与され、大変喜ばれた。
 戦中は、飛行機の空力特性の向上に資するための研究に従事された。とくに層流翼の開発に重点が置かれたものと思う。境界層を層流に維持し摩擦抵抗を軽減するためには、境界層に対する基本的特性や乱流への遷移機構の解明、翼表面粗さによる境界層の乱流化(層流維持のための限界粗さ)についての研究が必要であった。「層流翼の開発」については橋本毅彦氏の「飛行機の誕生と空気力学の形成」(東京大学出版会、2012)に詳しい記述がある。東大を定年でお辞めになる年に、これらの一連の研究に対して学士院賞(1968(昭和43)年)が授与された。
 谷先生と日本大学との関係に触れることにする。東京大学を定年退官(1968(昭和43)年)された折、理工学部教授を拝命した。しかし、日大との関係は、戦争末期に遡る。東大第二工学部の谷研究室に日大からの研究生として機械工学科の菰田廣之先生が派遣されたのがその嚆矢である。菰田先生は谷先生のご紹介で、世界的な乱流の研究者であるコバスナイ(Leslie S. G. Kovasznay)のもとに留学し、2年間の研究を行い、帰国した。さらに、谷先生の指導で、小翼列を翼幅方向に並べた三次元攪乱のもとでの境界層遷移の実験を行った。精密機械工学科の小松安雄先生は、谷先生のご紹介で東大宇宙航空研究所でさまざまな翼型の特性の研究や衝突噴流の実験を行った。そのころ、機械工学科の今木清康先生は、多数の熱線風速計を用いて乱流境界層の外縁の形状を求めている。菰田研究室の半田尚子先生は、「層流斑点の研究」で学位を取られた。谷先生は理工学部の大型風洞の建設にも関与された。さらに、風洞実験室に配属された安部建一先生と松本彰先生の研究を指導され、粗度によって乱された乱流境界層の緩和現象について、風洞実験を行い、報告を出している。松本先生は、粗度の一種であるD形粗度について実験を行い、最終的に、研究成果を学位論文としてまとめた。本橋は谷先生が考案した乱流境界層の特性の計算法を用いて、さまざまな粗度の効果予測に関する計算、平衡乱流境界層の有無についての計算をお手伝いした。このほかにも数名の大学院生の修士論文の指導をされた。
 谷一郎先生のご著書の中では、「流れ学」(岩波全書)がよく知られている。機械工学科と航空宇宙工学科では、2年生の導入科目の「流体力学」で、教科書として使用したことがある。元になったプラントルの教科書Strömungslehreを訳されて「流れの学問(流れ学)」という言葉を最初に用いられたのは谷先生である。「流れ学」は、数式をなるべく使用しないで、流体運動を物理的に説明することに重点が置かれている。丁寧な記述をされているが、初学者には少し難しいところもある。含蓄の多い文章を反芻し、理解しようとする学生には好著である。
 「谷一郎文庫」創設にまつわる経緯を述べておこう。1990(平成2)年5月28日、谷一郎先生がご逝去された。その際、航空宇宙技術研究所の研究室に所蔵されていた蔵書、雑誌、論文、関係資料等を航空宇宙工学科でお預かりした。それらの書籍等が文庫の元になっている。文庫には、谷先生の書かれたもの(研究ノート、講義録(コーネル大学とジョンズホプキンス大学、日大理工))が所蔵されている。谷先生の筆跡は、知る人ぞ知る素晴らしいもので、驚嘆に値する。また、100冊を越える洋書もかなり古い貴重な本が包含されている。とくにプラントルの上記の本は、ドイツ語版(2冊)、英語版(1冊)が収められている。雑誌 AIAA Journal(米国航空宇宙学会論文集)は初刊から約1990年代まで収納されている。収集されていた個々の論文は、主に著者から寄贈されたものだが、著者名別と項目別と二種類に大別されていた。残念ながら、全論文を収納する容量がないため、かなりの数の論文が廃棄処分された。現在収納キャビネットに残っている論文は、精選されたものである。  谷先生の大きな業績のひとつは、「後進の研究に対する指導」にあると思う。さまざまな学会や研究会で多くの後学の士に丁寧なご指導されていたのをお見受けした。また、国際応用力学数学連合の日本代表として数々の会議に出席し、世界中の多くの研究者と親しく交わり、その方たちに日本の研究者を紹介した。
 私が谷一郎先生と最初にお会いしたのは、1970(昭和45)年冬、東京大学宇宙航空研究所1号館の玄関であった。以来、数えきれないご厚誼を頂いた。谷一郎先生のご冥福をお祈りする。

(本橋龍郎)

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