日本大学理工学部科学技術史料センター
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資料番号3:関東大震災の歴史的記録

関東大震災の歴史的記録

 東京駅前の日本工業俱楽部開館の保存工事現場から、1923年の関東大震災で座屈した鉄筋コンクリートの柱を移し、ガラス張りの床下に展示しています。

資料番号4:軽飛行機 N-58 Cygnet(模型)

軽飛行機 N-58 Cygnet(模型)

 1958年、理工学部機械工学科の木村秀政教授を中心とする航空専修コースの学生が設計し、製作は伊藤忠航空整備株式会社(現・株式会社ジャムコ)の協力により、1960年完成・初飛行の軽飛行機です。乗員2名、乗客2名で、最大速度は182km/h。Cygnet実機は木村秀政ホール(青森五戸町)に展示されています。

資料番号5:フェロセメント・ヨット

フェロセメント・ヨット

 高強度モルタルと鋼棒・鋼線による金網を組み合わせた二方向強化複合材料であるフェロセメントを使用して建造されたヨットです。メンテナンスコストが低廉で寿命が長く、複雑な形状も成形可能、岩礁等の衝撃にも強いなどの特性があります。1977年に寄贈されました。

資料番号6:海幸橋ヒンジ

海幸橋ヒンジ

 海幸橋は、関東大震災後の帝都復興事業の一環として、1927年東京都中央区築地市場の入口に架設されたわが国初のランガー橋です。接合部のヒンジが桁の上にあるこのタイプは、白妙橋(江東区)以外類例がなく、わが国初のランガー橋とあいまって、わが国の近代橋梁史上、貴重な橋であると評価されました。

資料番号7:ダウンウインド型風向風速計

ダウンウインド型風向風速計

 風力エネルギー測定を目的に、交通総合試験路運営委員会の依頼により1982年9月に設置され、1994年11月まで約12年間風向風速データを収集しました。この風速計は回転する翼がタービン翼と軸流圧縮機翼を併せもつことにより、風速指示誤差が小さいことと、風向と風速の測定に非接触検出方式を採用しているユニークな特徴をもっています。

資料番号8:潮流発電装置

潮流発電装置

 1981年8月に研究を開始し、1983年8月、愛媛県今治市来島海峡での第1次実験で世界初の潮流エネルギーを利用した発電に成功しました。潮流は一定の周期で定期的に流れる性質があるため予測が正確に得られ、エネルギー回収の信頼性が高く、自然流から直接発電できます。展示品は3号機で、1986年8月から来島海峡海底に固定され、1989年1月に引き上げられました。

資料番号9:NU-102 風力発電装置

NU-102 風力発電装置

 この新しい形式の静翼付小型風力発電装置は、1977年に設計・試作されました。例えば南極のような5~10m/s、時には55m/sの高風速にも十分耐え、そのエネルギーを吸収利用することができるように発電機の他に、うず電流型電磁ブレーキによる制御装置を備え、ある風速以上ではこのブレーキが働いてエネルギーの一部は熱出力としても利用することができます。

資料番号10:『旧三菱一号館』復元のための煉瓦壁試験体

『旧三菱一号館』復元のための煉瓦壁試験体

 旧三菱一号館は、丸の内オフィス街(一丁倫敦)の先駆けとして、ジョサイア・コンドルの設計で1894年に完成した日本最初のオフィスビルです。
 展示された煉瓦壁体は、この復元計画の一環として当時の建物の一部を忠実に再現したものであり、耐震実験終了後、2006年に寄贈されました。

資料番号11:高品質リサイクルコンクリート壁試験体

高品質リサイクルコンクリート 壁試験体

 建設材料の主要であるコンクリート廃材からほぼ完全な状態で骨材を回収し、構造用コンクリートに再利用する技術が開発されました。
 壁試験体の再生骨材は、コンクリートのリサイクルとしては世界最高の品質を実現した記念すべきものです。
 写真左が通常のコンクリート、中央と右がリサイクルコンクリートです。

資料番号12:江ヶ崎跨線橋の支承

江ヶ崎跨線橋の支承

 「支承」は、橋の本体と基礎との間に設置された部材で、橋の荷重を基礎に伝えるものです。江ヶ崎跨線橋は、1929年の横浜市と川崎市にまたがる新鶴見操車場の建設に伴い、日本鉄道土浦線(現・常磐線)の隅田川橋梁(1896年竣工)が移設されたものです。1984年に新鶴見操車場の廃止後、橋が新山下地区の霞橋として2014年に再生された際、本支承が横浜市から寄贈されました。

資料番号13:明治期万年橋のアーチ部材と昭和戦前期の鉄筋とコンクリート

明治期万年橋のアーチ部材と昭和戦前期の鉄筋とコンクリート

 明治時代、中央線の青梅駅に近い多摩川に日本一のスパン長を誇る鋼製アーチ橋の万年橋が架かっていました。1943年、もとの鋼製アーチを利用してコンクリートが巻かれ、鉄骨コンクリート・アーチ橋となりました。これも戦後の一時期までスパン長日本一のコンクリート・アーチ橋でした。ここでは、鋼製アーチ部材とコンクリートが巻かれた時の部材の一部を展示しています。